日本の花火の歴史がすごい…

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日本の花火の歴史を紹介していきます。

花火の元である火薬の硝石は紀元前3世紀に古代中国で発見されています。

日本に火薬が伝わったのは、そのずっと後の1543年のことです。

この年にポルトガル人が種子島にたどり着き、日本に鉄砲と火薬を広めました。

実際に日本で始めて打ちあがった花火は、日本人ではなく中国人が作ったものでした。

1613年にイギリスの国王ジェームズ1世の使者であるジョン・セーリス一行が来日し、同行していた中国人が花火を打ち上げました。

このときに立ち会っていたのが徳川家康でした。

徳川家康が将軍や大名へ花火を伝え、町民へと次々に広まっていったのです。

 日本の花火の歴史


江戸時代と花火


徳川家康が見たことで江戸中に花火が広がり、花火師となった弥兵衛が「鍵屋」を立ち上げました。

当時は手筒やねずみ花火が主流だったが、弥兵衛は管の中に火薬を入れたものを作り、江戸に流行させたのです。

その後、鍵屋の中でも特に働き者だった清吉という男によって、のれんわけした玉屋が誕生します。

二大花火師が花火を競い、「かぎや~」「たまや~」という掛け声がうまれたのも江戸時代だったのです。

そして“江戸の花火大会”は両国の川開きがきっかけとなっています。

1732年は大飢饉やコレラの流行、いなごの大量発生など日本にとって凶年となりました。

翌年に幕府が慰霊と悪霊退散を願って隅田川で水神祭を執り行い、花火が打ち上げされました。

その際は両国橋を挟んで上流を玉屋、下流を鍵屋が受け持っており、合計20発が打ち上げられたといわれています。


江戸時代以前にも花火はあったのか?


“花火”として人々が初めて見たのは江戸時代ですが、“花火の元”はそれより前から日本にありました。

1543年の室町時代の頃、日本に鉄砲が伝わりました。

ポルトガル人が種子島に流れ着き、火縄銃と火薬を持ち込んだのです。

この時の火薬とは硝石と木炭と硫黄の混合物でしたが、色を出すために配合が工夫されるようになり、これが花火の元となったのです。

火薬は戦国時代で多く使われ、大きく分けると“のろし”も花火の一種です。

江戸時代に入ると戦で使用する火薬は減り、本格的に花火としての役割を担うようになりました。


まとめ


今となっては日本の夏の風物詩として当たり前となった花火ですが、元々は海外から得たものだったのです。

海外の火薬を日本独自の配合で打つ時に色がつくようにし、花火師が誕生し、打ち上げ花火や尺玉がうまれました。

戦で使用していた火薬を、人々の楽しみとなる花火へ作り変えたのは日本人ならではの考えからではないでしょうか。

これからも花火は様々な手法と技術で私たちを魅了してくれることでしょう。

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